介護保険サービスの利用を断るとセルフネグレクトになるのか

前回の続きです。

世の中には、介護保険サービスの申請をしない高齢者が数多くいらっしゃいます。

その理由は様々ですが、たとえば、

・みっともない
・そんな歳じゃない
・はずかしい

など、今の高齢者特有の理由があります。(今10代の子が、高齢者になった時には、また違ってくると思います)

こうした理由で、介護保険サービスを断ったとしたら、それはセルフネグレクト、つまり、自分自身への虐待や放棄になるのでしょうか。それは違うと思います。

ただ、介護保険への認識のズレがあったり、それ以外の助けを求めていただけかもしれません。

結局何が言いたいのかというと、こういうことです。

セルフネグレクトは、医療やサービスが「必要と思われる方」に対して、その支援を提案しても拒否されることだとされていますが、一方通行なやり取りになっているのではないでしょういか。

それは、子供に勉強しなさいという親と同じ気がします。親は子供の将来のことを心配して、勉強しないさい、いい高校、いい大学に入りなさいと言います。しかし、子供は聞き入れません。

つまり、親からしたら「拒否」されています。でも、子供は、自分の将来を放棄しているのでしょうか。そんなことはないと思います。ただ、勉強が嫌い、必要性が分からない、別にいい高校、大学に行きたくないなどの理由があるから、勉強しないんだと思います。

「拒否」するには、理由があるという事です。そして、その理由が分かれば、本人が本当に望んでいることが分かるのではないでしょうか。

前回の例でいえば、介護保険なんか必要ないと思っていたのかもしれません。でも、妻は、認知症の夫の介護に疲労困憊だったんだと思います。もう、一緒に生活するのは無理だと考えていたのかもしれません。引きこもりの息子もいて、妻の負担が大きかったことが考えられます。

仮にそうだとしたら、必要なものは介護保険サービスではなくて、「妻の自由な時間」だったのかもしれません。

専門職から見れば、医療、介護サービスが必要だと感じても、本人がそうは思っていない事なんてよくありますよね。

もしかしたら、病院という環境で、医師という権力を持った人がいれば、納得していなくても黙って治療を受けることがあるかもしれません。でも、在宅医療や訪問看護となると、同じようにはいかないこともよくあります。やはり、そこは、その人や家族の生活空間であり、その方達の考えや常識があるからです。

いくら必要なことだとはいえ、このうようなことを無視して提案しても、「拒否」になるだけです。本当は拒否しているわけじゃなくて、必要性を感じていないだけなのに。。

「患者目線」という言葉がよく使われるようになりましたが、この意味を本当によく考えないといけませんね。セルフネグレクトなんて言葉は無くしたいものです。